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生活保護の方の相続放棄も可能

ネットで、生活保護の方の相続放棄を検索すると、ほぼ全てと言ってもよいくらい、生活保護の方は、相続放棄できないとの記載のあるものばかりが出ます。

この点、実は可能なことも多いのです。従って、原則不可能だということは全くありません。

生活保護の方が相続放棄できないと言われる根拠は薄い

まず、なぜダメだと言われるかを確認したいと思います。
生活の保護の方が相続放棄できないかという議論の根拠について、生活保護に優先して相続財産の活用をしなければならないのに、それを貰わないというのは違法であって、相続放棄をすれば、もし相続していたなら貰えた分をカットされるという理屈です。

この根拠とする条文は以下の条文です。

「保護は、生活に困窮する者が、その利用し得る資産、能力その他あらゆるものを、その最低限度の生活の維持のために活用することを要件として行われる。」(生活保護法第4条1項)

利用可能な財産を活用して、それでも生活ができない場合に、生活保護が利用できるというような条文です。
確かに、この言い分はなるほどもっともな気がします。
しかし、根拠となる行政通達も存在しませんし、そのような判例もありません。
この点、厚生労働省に電話して聞いてみたことがありますが、「根拠となる通達はない。ただ、生活保護法4条1項により、そういう解釈がなされる可能性がないとは言えない」というような答えでした。
「生活保護法を読めば、そうとも読めるけど、絶対そうだともいえない」というようなものです。

この条文は生活保護の原則ではありますが、資産の活用については、例外的な運用はいくらでもあります。なので、根拠となる通達や判例がない中、相続放棄は絶対できないというのは、乱暴な判断です。

生活保護の方の資産活用については、柔軟な運用がされている

例えば、居宅の処分について、「処分価値が利用価値に比して著しく大きいと認められるか否かの判断が困難な場合は、原則として各実施期間が設定するケース診断会議等において、総合的に検討を行う」(局長通知3-5)というものがあります。

これは、簡単に言えば、豪邸に住んでてたら、それを処分して、生活費に充てたらよいが、そんなに高くない住居を売ってしまったら、賃貸に移ったときの方が高くなったりしたら、意味なくないかという考えが前提としてあります。この基準額は自治体によって違いますが、かなりの金額で認めています。

つまり、資産の活用については、かなり柔軟に考えられている運用があるわけです。なので、生活保護法4条1項に書いてるからダメ!と即断してしまうのは早すぎることになります。

生活保護の方も相続放棄が可能と言える根拠

さらに具体的に検討をしていきます。
生活保護の方が相続放棄ができるかについて、参考になる行政通達が一つ、判例が一つあります。

根拠1

まず行政通達の方から確認してみましょう。(次官通知第3)
「最低生活の内容ついてその所有又は利用を容認するに適しない資産は、次の場合を除き、原則として処分のうえ、最低限度の生活の維持のために活用させること。・・・・」

上記の「次の場合に該当するもの」(お金に換えるべきだとは言わないという対象)が以下のものです。

「1 その資産が現実に最低限度の生活維持のために活用されており、かつ、処分するよりも保有している方が生活維持及び自立の助長に実効があがっているもの」

「2 現在活用されてはいないが、近い将来において活用されることがほぼ確実であって、かつ、処分するよりも保有している方が生活に実効があがると認められるもの」

「3 処分することができないないか、又は著しく困難なもの」

「4 売買代金よりも売却に要する経費が高いもの」

「5 社会通念上処分させることを適当としないもの」

結構、幅広く処分しなくてもいいことを認めていることがわかります。
この通知は、そもそも既に保有している資産についての通知ではありますが、仮に相続財産であったとしても、上記に当たるようなものであれば、相続したところで、お金に換えて生活費に充てよというたぐいのものではありませんので、そもそも相続しなくてもよいのでないかということも考えられます。1、2については相続することに利点がありますが、3から5に当てはまるものは、そもそも相続しない方がよいという判断に傾くことになろうと思います。
この通知は、「もしも相続したら」という前提で検討をするのに参考になる行政通達となります。
3から5に当たるような不動産であれば、相続放棄しちゃいけないなんてことは、まずケースワーカーも言わないでしょう。相続したほうが大変ですから。

根拠2

次に判例に当たります。
この判例はとても有名なものですが、実は生活保護を直接に前提とした判例ではありません。相続放棄に関する判例です。

どんな事例なのか、簡単に説明します。
この裁判の当事者は、債務がありました。その方は相続したなら、その財産で返済が可能でした。ところが、相続放棄をしたことで、返済できなくなったのです。
それで、債権者が怒って、相続放棄は、債権者から財産を隠す行為だから違法(詐害行為)だとして裁判になりました。

最高裁 昭和49.9.20判決
「相続の放棄のような身分行為については、民法424条の詐害行為取消権行使の対象とならないと解するのが相当である。なんとなれば、右取消権行使の対象となる行為は、積極的に債務者の財産を減少させる行為であることを要し、消極的にその増加を妨げるにすぎないものを包含しないものと解するところ、相続の放棄は、相続人の意思からいつても、また法律上の効果からいつても、これを既得財産を積極的に減少させる行為というよりはむしろ消極的にその増加を妨げる行為にすぎないとみるのが、妥当である。また、相続の放棄のような身分行為については、他人の意思によつてこれを強制すべきでないと解するところ、もし相続の放棄を詐害行為として取り消しうるものとすれば、相続人に対し相続の承認を強制することと同じ結果となり、その不当であることは明らかである。」

裁判所が何を言っているかですが、「相続放棄は身分行為です。」と言っています。
身分行為というのは結婚とか離婚、養子縁組とかのたぐいのものです。他人が離婚せよとか言えたりしたら、怖いですよね。
そして、「相続放棄をすれば、結果的に財産が増えないですが、別に減らしてもないよね。減らしたなら、債権者が怒ってもよいけど、増えないからってダメって言えないよね。」
さらに、「身分行為は、他人が強制したらダメでしょ。」として、相続放棄は詐害行為(債権者を害する行為)ではないと最高裁は判断しました。

生活保護の文脈で言いますと、
「財産の活用は必要だけれど、そもそもあった財産を減らしたとかって話じゃないので、相続放棄しても、資産の不活用だといえないのでは?」

「相続放棄は身分行為なので、生活保護課が、身分行為を強制するっておかしくないですか?」
ということになります。

生活保護の方の相続放棄の手順

というわけで、行政通達と判例から、相続放棄が全くできないというのは、そうでもないということを解説してきました。
とはいえ、必ずできるという行政通達や判例があるわけではないので、必ず放棄しても大丈夫という話でもありません。

しかし、相続放棄をしたいという方は、そう希望する事情が少なからずあるはずです。
そのような場合には、諦めることなく、「こういう理由で相続放棄したい。そして、判例も相続放棄がダメだと強制してはいけないというのがある」ということを保護課の方に「事前に」理解を求めるようにすることをお勧めすることが多いです。
相続放棄した後から、「それはダメだ!」なんて保護課から言われたら、大変なことになりえるので、事前相談を済ませておくわけです。
そうしてOKが出れば、憂いなく、相続放棄の手続きを進めることができると言えます。




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