他者がなすべきことをしなくても、それは私のせいだ、となるのか」というネモの問いに対してレヴィナスは「私は自分の蒙る迫害に対して責任がある」と言い、
さらに「私の近親者とか私の民族とかはもうすでに他者であって彼等のために、私は正義を要求する」とレヴィナスは答える。
これは「他人の責任に対してさえ、私に責任があるから」だという。
正義とは他の人間に対する責任の観念を活気づける無私無欲の精神であり、他人のために身代わりになるというところまで行きつく。あくまで私に於いてだという但し書きをレヴィナスはつけるのだが、正義の定義をこう捉え、現実的には法がいくつかの帰結を退けるという。
これは法学の発想を完全に逆転させる。他者の権利ではなく正義の責任において私は他者に出会うわけだ。
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